小中学校の教員が大嫌い

小中学校の教員が大嫌い。最近思ったこと。

自分が小学生や中学生の時には自覚はなかった。この先生嫌いか、興味ないか、担任の先生。幸いな事に担任の先生を嫌いになったことはなかった。大喧嘩する事はあったけども。

さて。何で今更、小中学校の教員が全体的に嫌いって思ったのか。

趣味の範囲で、とあるNPO活動をしている。その理念が素晴らしいと感じたのでやってる。50年以上は存在している、とても歴史ある組織だ。(バレそう💦)

内容的に教育関係なので、自然と小中学校の教員の知り合いが増える。(友達と言えるのは片手で数えるほどもいない)

その素晴らしい理念の一つを噛み砕いていうと、次のようなものだ。(本当はとても広くて難解な理念なので、ここではその一つの側面で噛み砕いて言う)

個性を育てよう。マイノリティを潰さない。みんな違ってみんないい。いろんな人がいるから認め合おう。

何となくこんな感じだ。広く難解な理念の中で、最も感動した側面だ。

でも中身は実際どうか。

組織の方向性と少しでも逸れる意見を言うと弾圧される。却下ではなく、弾圧。

組織なんだから上の言うことを聞け。仕事で関わってる人もいるんだぞ。君のような自分勝手な人は関わらないでくれ。

僕にだけじゃない。他の人にもそう言ってる。

なにこれ。なにこいつら。

LGBTとか、障害児とか、どうにかしないとね!個性を伸ばさないとね!

とか言って。個性を何も認めてないじゃん。メジャーな事だけ取り上げて、自己満じゃん。それこそ自分勝手じゃん。

これらは全て小中学校のおじちゃん・おばちゃん先生とのやりとり。

マジでクソ。

そして、自分の小学校時代を思い返すとやっぱり小中学の先生は嫌いなんだって確信した。

小中学校の先生という職種に就く人たち全般的に自分と合わない。

小学校時代 を思い返す

昼休み。全校で大縄跳びするぞ!

なんで?

一回も行きませんでした。何でやるのか聞いても、納得できる理由が返ってこなかったから。

放課後の運動会や音楽界の練習。

やる気無いなら帰れ💢

やったーーーー!!帰ろ!帰ろ!

ふざけるな💢

お前が帰れって言ったんだろ。だから帰るんだよ。

とにかく、先生と対立する事が多かった。面と向かって、お前のこと嫌いだからって言われましたからね。こっちも嫌いな先生だったから、僕も嫌いだよで終わったけど。

シャーペン禁止、新しい遊びを見つけてもすぐに禁止、帰りにジュース買うんじゃない、親の迎えを呼ぶな歩いて帰れ。。。

なんなんだろね。奴隷でも育てたいの?

中学校時代を思い返す

成績は良かった。1学年100人程度の校内でトップ争いをするくらいには。

でも、テストのある5教科だけ。

体育や技術、家庭科、音楽は低かった。美術は評価が良かったけど。

運動は長距離走が平均未満以外は上位だったんだけど。

技術は家でラジオ作ったりしてるくらいには技術してる人で、当時の友達にもたくさん教えてたんだけど。評価は3(5段階)

家庭科も問題なくできてたし、音楽もしっかりやってた。でも評価は3。

テストだと点数で定量的に出るから良い評価をつけざるを得ないんでしょ。

全体的に教員から嫌われてたから定性的に評価をする科目はよくないんでしょ。

部活で顧問とやり方について対立したりしてたから?

授業のときに教わってない方法で解いてたから?

普段無口だから?

小中学校の教員には嫌われる体質のようだ。

高専時代〜大学、大学院(現在)

中学卒業後は高専に行った。

高専の先生からは全体的に好かれた。僕もとっても好きだった。

高等教育(中学、高校は中等教育に分類されるけど、高専、大学は高等教育)だから、自由に学問できるし、習ってない方法で解いても考えてくれる先生多いし。(全員がそうではないけど)

まとめ

小中学校の教員らが個性を伸ばす!とか合理的配慮!とか言ってても、ハ?って感じ。

どの人らも、障害児やLGBTみたいに広く知れ渡ったマイノリティにしか焦点を当ててない。自己満でしかない。綺麗事並べてさ。

個性を大事にするなら、無理に団体行動とらせるような小中学校の教育は最悪でしょうよ。

これ考えると、普通の高校に行かなくて良かったって思う。

そこでも多くの教員に嫌われて戦う事になってただろな。

学校に合わない人がみんな不登校になるわけじゃない。

先生に歯向かってるのは何故か。考えてみろよ。合わないから噛み付いてんだろ。

何でもかんでも黙っていうこと聞く子供ばかりだと思うなよ。

それがわからないから、やってるNPO組織でも排他的にやってんだろ。自己満に。

小中学校の教員、全部が全部そうとは言えないけど。そういう文化に染まってるんだよ。

だから、お前らとは一線を置かせてもらう。

お前らと関わった事で僕の中に1つの野望が生まれたから言わせてもらう。

小中学校から教員の大多数を排除することだ。

全てロボットに任せれば良い。そういう研究をしていきたい。

学校教育現場で誰にでも公平に接することのできるロボット。

それを用いた個性を伸ばせる教育システム。

あくまで野望だ。現実的には難しい。

悩みある人たちを舐めてるの?

友達が少ない。会話が苦手。

それらを克服するのにググってみる。

出てくる記事はとても腹立たしいものばかり。

「友達が少ないと、家族や恋人と過ごす時間が増える!」

何言ってんだ?

家族や恋人がいるなら友達いるじゃん。恋人いるじゃん。

友達いない人を馬鹿にしてのかって。

孤独なんだよ。恋人も家族もいないんだよ。

「会話が苦手なのは悪いことじゃない!受け入れて、自分の魅力を磨こう!」

は????

会話が苦手って悪いことって認識ある人いるの?そんなん、思ってもなかったよ。そういう認識から入るのね。

会話が苦手なのを克服したいから調べてるのに、出てくる記事はそんなんばっか。

受け止め方を変えようって話になんの価値があるんだ?

なんだこいつら。なに考えて記事書いてるんだ。

控えめに言って記事を削除しろ。邪魔。腹立たしい。

何も分かってない奴らが上から目線でワーギャー言ってんじゃねぇよ。

ともだちって何?

ともだちって何?

私には遊びに誘ってくれる人がいない。

半年に一回くらい。だれかが誘ってはくれる。

たまに、こっちから遊びに誘うと半分くらい断られる。

いろんな人に。

なんで?

なんで?

だれも遊んでくれない。

ともだちがいない。

知り合いはいる。

かなしい。

さびしい。

ともだちってなに?

平和ボケ。ホントそれ。

日本は平和。

第二次大戦後は戦争に直接関わってない。人が簡単に死ぬ社会ではない。

これは、従来の価値観で言うところの平和だろう。

その社会が保たれて70年以上が経って、いったいどうなった?

人が求める幸せがより高くなった。傲慢。それを助長するのが平和なんだろうって。

自衛隊なくせ!軍隊ダメだ!なんで自分が不治の病に?

アッッッッッッッッホかと。

自衛隊なくせ!軍隊ダメだ!は言うこと無い。戦争と完全に無縁になろうと傲慢が走ってるだけじゃん。自衛隊拡張で徴兵制にするとかなら話は別だろうが。

なんで自分が不治の病に?昔は医療が発達してなくてもっとたくさんの人が死んでいただろう。その社会の中において、自分がちょっと違うからって悲劇の主人公になる。

人が簡単に死なない社会の実現から、豊かな生活が皆できれば幸せになってるんじゃないの?

どんどん幸せの基準が上がってる。傲慢甚だしい。


補足しておくと、これは私の考えの主軸じゃない。こう考えることもあるって話。

闇日記に書いたのは、こういう話を周りの人にしても変な顔されるばかりだから。平和ボケしてる馬鹿ばっかだから。

「そんな考えが出てくる時点でお前はおかしい」って。

いろんな視点からの考えを周囲に散りばめて、いろんな切り口で模索していくのが私のやり方。だから、周囲の誰にも理解されない考え方から話をすることもある。

「いろんな考えがあって当然」

と言ってる人に限って、その意味を「変な考えするような人もいるから」と捉えてるカス野郎なんだよな。

真に信用できる人はいない。

真に信用出来て、なんでも包み隠さず話できる人なんてこの世にはいない。

友達、先輩、後輩、職場の仲間。表面上の楽しい付き合いだけ出来てればそれで良い。人生相談なんてしようものなら、適当に受け流される。相談には誰ものってくれない。

親、兄弟。お互いの考え方が全く違うから、なにか相談しても全否定しかされない。楽に生きる道が正しいと信じちゃってる人たち。それが全てだと思い込んじゃってる人たち。いろんな考えの人がいるってことを理解してない人たち。中学になったくらいから相談すること諦めてるよ。

信用して全て話せる人なんていないんだ。この世にはいないんだ。

ならば、誰も信用しなければいい。自分の問題は自分で解決すればいい。今回一番助けになったのは、行動心理療法の本。

誰かの助けを借りようなんてのが間違いなんだ。「孤独」という言葉がしっくりくるけど、それに嫌味を感じてるのは、この日本社会の固定観念でしかない。精神医療関連の本を読むと、自分一人で悩みを解決する道がたくさん見えてくる。

それでどうにもならなかったら、いよいよ精神科医の出番だろう。専門家の出番。お金払って。悩みを、鬱気味になってるのを解決する。

つまり、信頼できる友人や恋人なんていらないんだ。「信頼できる」の裏に潜んでる「裏切られる」のデメリットに見合うだけのメリットがない。

年を取ってから後悔する?孤独死?それならそれでいいんじゃない。他人から見てつまんない人生だと思われても。孤独な人だと思われても。

信頼のおける友人ができれば、それはそれでいいんだろう。でもできない人たちもたくさんいる。無理して作るくらいなら、裏切られる恐怖におびえながら生きるくらいなら、孤独を選ぶのも1つの道でしょうよ。

孤独がダメなんて、日本社会の固定観念でしかないし、孤独を好む人がいてもおかしくないでしょ。

死を崇める人もいるわけだし。それを可笑しいとするのは、社会のマジョリティに属する人が理解できないからって、マイノリティをハブってるだけ。差別の考え方となんら変わりない。

成功体験が大事なんてわかってるんだよ

無気力になってる人は小さなゴールを設定して小さな成功を積み重ねれば良いって言ってる本とか記事とかあるけどさ。

いますごく無気力。本業とかNPOでの活動とか。やる気が起きない。それでいろいろ調べたら、そんなことばかり出てくる。

無気力になる理由は、行動に対して脳の報酬系が十分に刺激されないから、その行動は意味がないと無意識化で学習するからだろ。

報酬系が十分に刺激されうる「ゴール」を設定しなければ、全く意味ないじゃん。

余計に無気力になる学習が進むだけだけだ。現に昔おなじようなことをしたら、もっと無気力になって辞めちゃった。逃げちゃた。脳がゴールを報酬として感じなかった。

動物実験の例をあげて、
「失敗に懲りて自分はダメなんだと思ってしまうと本当にダメになる。」
とか
「小さなゴールを立てて、チャレンジしてみよう」
とか言ってるの、脳のメカニズムとして何でそうなるかをある程度知っている分、すこぶるむかつくし、それしか結局方法はないんだなと余計に闇が掘られた。

私の人生なにが面白いんだろう

2019/12/02の闇日記。

私の人生何が面白いんだろうか。

この2年くらい成功といえるような成功がない。

本業は大学院での研究。それの成果が出ていない。もうすぐ修士課程終わる時期。

去年はテーマがイマイチ決まらずのらりくらりしていた。

何か知らないけど、何の実績にもならない企業との共同研究に巻き込まれてた。教授も企業もそのつもりないのはわかってるけど、いいように労働力に使われてた感が凄い。

事前にちゃんとお互いの利益についてハッキリとさせてなかったのが問題なのは、いまなら分かる。けどさ。院生1年目でいきなりそんなの分かるわけないじゃん。そのあたり教授や企業の人がもっとちゃんとしてよって思う。どっちも共同研究をいくつもやった実績あるんだからさ。

そんなで去年1年は何も本業で実績がない。今年になって、テーマを死ぬ思いで教授と論争して病みながら決めて、今の状況は発表できることがないって感じ。学会に出せるレベルでモノがまとまってない。

研究者目指して実績になるのは、学部の研究をまとめたものを2回発表したことだけ。ジャーナルにもまとめてない。先がないと感じて、そのテーマ打ち切ったから。

実績がない実績がない実績がない。。。学会で発表したい。論文書きたい。。

来年は出せるだろうか?ホントにそうか?いまの精神状態で研究がまともに進むのか?

よくないのはわかってるけど、小さい実績で査読なしの会議に出すのも手だろうか。いまからやっても来年の5月のが一番近いわけだけど。それまでこんな感じで病んでるの??

本業はこんな感じ。実績がなくてなくて病んでるのかな。

プライベートはどうか?

友達すくない。恋人いない。所属してたNPOも合わなくなって辞めた。似た活動してる別のところに入ったところ。

友達と遊びに行くこともほとんどない。恋人なんて生まれてこの方いやしない。リアルでの付き合いが少ないのはすごく寂しい。

NPOでの活動は?

組織内でそこそこ権力持ってる信頼してたジジイと方向性の違いで大ゲンカ。それだけならいいさ。活動の方向性の問題で、目指すところは一緒だと思ってたから。

でも違った。活動の理念の一つに「いろいろな考え方を受け入れる」ってのがある。細かくは語らないけど、そういう感じのがある。私がその組織が素晴らしいと感じてたことの大きな理由の一つ。それが否定された。

活動の方向性の違いって、考え方の違いでしかないからお互いの考えにリスペクトあってのケンカだと思ってた。でもそのジジイは、私の人間性から否定してきた。「おまえのような考え方は信じられない。もうかかわるな。」だって。

それでやめたよ。活動してる人が、個人レベルの付き合いですら理念を無視するようなジジイなんてさ。もうさ。ダメじゃん。

面白いことに、私が辞めてからすぐに他の若い人たちもみんなやめちゃったよ。あんな組織に身をささげてたなんてホントあほらし。

で、同じ理念を掲げてる隣の組織に移籍。ちょっと家から遠いけど。いまのところ実績はなし。

活動に対する実績がないのが今の闇状態の理由なんだろうな。

社会的に認められたい欲求。誰かに認められたい欲求。それが満たされてない。

なんでも話せる親友とか恋人とか親とかほしい。相談じゃなくて。自分の事みとめてくれる人。

お金もない

お金がたくさんあれば、それもなくなるんだろうけど。お金稼いだら、それはそれで社会的な実績があるような感じ?

でも大学から金もらってる契約でバイトとかもできない。お金稼ぐと大学にとられる。今ある生活費で貧乏生活を貫かないといけない。

何がおもしろいの?

本業の研究は面白いと思ってた。実際、実績が順調に出てれば面白いんだろう。けども全然実績ない。自分はダメだぁってなるばかり。

友人関係もよくない。友達少ないし、遊びに行く人もいない。恋人もいないし、友達が少ないから、そのあてもいない。孤独の一言。

実家の家族もおもしろくない。仲は良いほうだと思う。だけど、いろいろ相談できるような人じゃない。自分の中で凝り固まった意見を主張しまくって、それを言うと怒り出すひとたちだから。社会問題とか研究の話とか、真面目なことを全く話さない。おもしろくない。

趣味は?私はの趣味はなんだろう。

映画はそれなりにみる。ゲームもそれなりにやる。スポーツもそれなりにやる。クリエイティブなこと、動画つくりとかゲーム作りとかもそれなりにやる。

けども、どれもすぐあきる。続かない。それゆえ、それらの仲間もいない。

私の人生、何が面白いの?

まとめると

承認欲求。それなんだろうな。

そして、信頼のおける友人や恋人。

闇日記の最初

ここ最近すごく闇が深い。

それをぶちまけられるような親友も恋人もいない。親も兄弟も考え方違うし視野狭いからダメ。自分の考えを押し付けてくる人たちだから。

どこにぶちまける?ネットしかないじゃん。

そんな思いで作ったブログ。

闇、病み、闇、病み。愚痴を吐く場所。

それを日記らしくしたのが闇日記。

そのつもり。